神風特別攻撃隊に対する考え方
今回はだいぶ長いので先に神風特別攻撃隊に対する考えのまとめから述べます。
まとめ
テロ行為は攻撃によって対象国の国民に恐怖を植え付けることで政府の正統性低下とテロ集団の認知向上を図っている。
神風特別攻撃隊は攻撃によって相手国の戦闘力に打撃を与え戦争目的に貢献する軍事行動の一種である。
よって両者は死という結果は同じだとしても与えられる根拠と目的が異なっている。
今年のお盆は神風攻撃隊の話が少し盛り上がった。
曰く無駄死にだったや意味のない攻撃だという主張がある。
一方で先人たちの犠牲を無意味とはなんだや手段のない中で最善の行動だったという声が出る。
主にイスラム系過激派が行っているテロ行為の源泉は特攻隊にあるという発言もある。
こういった話は私がミリオタになった時には既にあった話なので20年近く前には存在している。
未だに同じ話で盛り上がるのは日本の平和教育の実態をうかがい知れる。
反省と反戦を謳うだけで学ぶことをしない。
試験の前日に机に向かってロウソクをつけて祈っている位滑稽な話だと思う。
1344年マリアナ沖海戦にて迫り来る米軍に対して攻勢にでた日本軍は大敗した。
多数の艦艇と航空機を喪失し、サイパン、グアムは陥落し本土攻撃されるようになった。
その後米軍はフィリピン開放を目指し、戦いがある中で誕生したのが神風特別攻撃隊である。
本来であれば何度も出撃して再補給を繰り返すのが常道だが、これだけの差となるとフィリピン周辺海域の制海権は全て米軍に掌握され補給もままならない。
また肝心の飛行場が複数回にわたって攻撃を受けることは必然だった。
補給中に地上で撃破されるか滑走路が使えなくなり鉄くずとなるかという状態だった。
戦局悪化に伴い軍では特攻に関する研究をしていた。
司令官である大西は軍事作戦とよべる代物でないことを承知の上で敵に一死報いること選択した。
一回の攻撃で必中させることで敵に少しでも打撃を与えることを目標とした。
攻撃は成功し24機で護衛空母1隻撃沈、他艦船5隻に損傷を与える戦果を挙げた。
司令官である大西は終戦時に自決した。
軍上層部と政府は戦争終結について米軍を打ち負かし、ハワイ諸島を含めた制海権取得は不可能と理解していた。
一方で無条件で降伏するつもりはなく、交渉によって妥協点を探っていた。
妥協点を引き出すためには、米軍に一定程度の損害与え日本との戦争継続は困難であることを示す必要があった。
政府思惑と陸軍、海軍の思惑は国体保持(天皇制存続)の点では一致した。
しかし軍の武装解除や中国、満州の扱いについて陸軍は譲ることはなかった。
政府内でも細かい点で相違があり、合意形成できていなかった。
とにかく米軍に打撃を与えることが困難を打破する唯一の道となった。
フィリピンでの神風特別攻撃隊の戦果は少数で多くの戦果を挙げられることから実施を拡大することとなった。
その結果戦力がさらに減少し、もはや攻撃=特攻という状態にまでなった。
神風特別攻撃隊は国軍の軍事組織の指揮統制のもと攻撃を実施した。
自らの犠牲を必然とした攻撃ではあるが、軍事作戦として立案・実施され、攻撃に際して軍人とわかる服装をしていた。
こういった話はアラモの戦い等挙げられる。
国内でも関ヶ原の戦いで島津勢が撤退に際し捨て奸を実行し君主を逃がすという目的を達成している。
劣勢である軍が捨て身で目的を成し遂げることは特記に値する話ではある。
しかし特別と呼べるほどではない。
実際死地に立たさる人はたまったものではない。
とはいえ政府と信認している国民がその政治目標のために自国民を犠牲にしても達成したいと明言されている。
軍としては最小の犠牲で最大限の成果が出るように死地に送る場合もある。
一方で街中で自爆テロや無差別乱射などテロリストと呼ばれる連中の攻撃は神風特別攻撃隊と別の話となる。
そもそもテロリストは軍隊ではない。
仮に軍隊と名乗っていたとしても自称にすぎない。
軍隊は国家に認められた正統性を有している。
当然指揮命令系統は政府とリンクしている。
軍隊が自国民を化学兵器で殺害したとしてもテロ行為ではない。
軍事作戦の一部であり、国家の政治目的達成に貢献する行動となる。
一時期ダーイッシュ(イスラム国もしくはISIS)が国家を自称した。
しかし国家は他国に承認され、国内で唯一の排他的な権力を有している必要がある。
権力が唯一でない場合徴税も満足にできず、正統性の依代がないためだ。
当然配下に軍隊が存在していた。
しかし彼らは自称国家の軍隊にすぎず、統一された戦闘服も用意していなかった。
彼らが装甲車を持っていたとしてもその攻撃はテロリストである。
また彼らの攻撃は正統性を主張するより、暴力と恐怖で支配下にする。
テロリズムの語源がテロル(恐怖)であるように彼らの行動は既存の政府の正統性を低下させ、離反を目的としている。
正規軍の撃滅に主眼がおかれていないことが特徴である。
また正規軍を撃破できるほどの力がないからこそ、テロによって目的を達成しようとしているともいえる。
よって最初に述べたような結論となる。