私は誰かの知識によってできている

自分の知識は誰かの知識や情報の集積体に過ぎず、そこに個はあるのだろうか?っという体でダラダラ書く

学校にエアコンがないことについて

自分の仕事はエアコンの保守も含んでおり、前職は冷凍機屋だった。

前職の相手は食品であり、冷凍機が故障すれば店舗にある商品が売り物にならなくなる。

商品自体の損害もあるが、何よりお客様が商品を購入できない機会コストの方が重視されている。

お客様はその店で3回目当ての商品がないと思うと店を変えるという話もある。

よって見えないが、重要な仕事である。

今はビル空調も担当している。

先週ビルの全体空調を司る機械が故障信号を出して停止した。

今のビルは高気密型のビルなので窓が開かない機構となっている。

よって空調機が停止すると、部屋内部の温度はOA機器、照明、人体の発熱と窓からの日射しや外気温が壁を伝って侵入する熱によって当然上昇する。

室内温度は35度付近まで上昇することとなる。

ユーザー窓口の担当者から電話が鳴り止まず、修理業者はなかなか来ることができずビル内は阿鼻叫喚の騒ぎとなる。

 

一方学校では35度付近の室内環境下で机に座って勉強している。

テストや将来のために先生の言うことや書いたことをノートに必死にとったりする。

また体育では炎天下の中適度な水分補給や塩飴も食べさせない劣悪な環境下で授業をしている。

工事現場の監督であれば顔が青ざめるほどの環境が学校にはある。

炎天下の中で仕事をさせるには近くにエアコンの聞いた避難所や車をおいておくのは当然である。

仮に熱中症で倒れた場合、速やかに体を冷やすためでもある。

また普通に考えれば炎天下の中で仕事をしている人間は誰しもエアコンで涼みたいと思う。

休憩はこまめにとり、仕事場の近くには必ず水筒をおいておく、仕事中にいくら飲んでも誰も文句は言わない。

 

仕事中に熱中症で倒れたりしたら労働災害となる。

医療費は当然会社持ちとなる。

是正報告書や元請等への謝罪など事件となる。

学校で倒れたらどういう扱いとなるのだろうか。