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私は誰かの知識によってできている

自分の知識は誰かの知識や情報の集積体に過ぎず、そこに個はあるのだろうか?っという体でダラダラ書く

若者のやるきのなさ 管理職の悩み

技術系の設備会社におり、典型的な昭和な中小企業である。

定年間際のベテラン勢と定年に合わせて補充された多くの若い人材のいびつな社員構成である。

中間層が薄いため教育は親子ほど年のはなれたOJTとなる。

会社ではOJTと名ばかりの現場放り込みで職人に教わるのが通常となっている。

会社での新入社員教育はほとんどなく数か月本社にて遊んだ後、各支店配属となる。

支店では各人が忙しくしているためOJTを行う機会自体が時間経過とともに薄くなり、また一人当たりの生産性を過度に追及する結果現場放り込みが常態化している。

「最近の若者は気が利かない」「やる気が感じられない」といったことが飲み会の席でよく言われる。

私は文科省の実験の第一世代であり、社会にでるときは「期待」をもって向かい入れられた。

私自身はよく気が利き、周囲を観察し、よく考え行動できるらしくおぼえめでたいものがある。

しかし私の一つ下の世代からどんどん気が利かなかったり、やる気喪失していたりとガタガタとなっている。

そのためゆとりの先駆者としてよく若い世代が何を考えているかということを聞かれる。

管理職からしてみると

  • ある程度の残業をなぜ嫌がるのか
  • 若いうちからなぜ苦労を自らに課そうとしないのか
  • なぜ会社にそこまで愛着がないのか
  • どうして人の作業をみて覚えようとしないのか、

といったことを中心として聞かれる。

  • よく返すこととしては自分の時間の方が大切だと考えているから
  • 給与が低いが残業しても低いことにかわりがない。
  • 苦労をすることよりも楽して仕事を回すことの方が大切であり、より効率的に仕事をする方法を求めている。
  • 会社だけではなく社会全体について不信感をもっている
  • 会社よりマニュアルがあればなんなくこなす、会社だけではなく

結局のところ納得してもらえるわけもなく頭を抱えている。

若い世代は労働について昭和的な会社にいること=会社に多く貢献しているという図式を軽蔑すらしている。

非生産きわまりないだけではなく、昇進に対する会社の考え方を疑問視している。

また残業について上限がわが社でも取り入れられたことから社会全体として仕組みを見直す必要があると思っている。

こういった仕組みを変える必要性について痛感しているのは今の世代だと思う。

それは生まれたすぐにバブルが崩壊、失われた30年ともいわれ学校を卒業するときは「ゆとり」というレッテルを張られ、もとから使えない代名詞でもあったにも関わらず、会社にはいればやっぱりといわれる。

社会からの肯定が極端に低いのが今の世代である。

それなら見返すための努力をしろといわれるだろう。

だが他人の意見を変えるより、場所を変える方が早いし、他者となぜ好き好んで争う必要があるのかという考えが出てきしまう。

またゆとり世代は社会が失敗し長期停滞に対して社会の変革をしないかぎりどうにもならないという考えがあると思う。

個人の努力ではどうにもならない大きな障害を敏感に察している。

そのため元気がないややる気が感じられないという評価となる。

必要なのは社会の改革、会社の仕組み改革である。

多くの企業では正社員の仕事の領域は不明瞭である。

それは仕事についてのマニュアルをつくることを怠ってきたことであり、マニュアルをつくることができないのにいかにして社員を教育しているのか。

また中堅社員に対する会社の教育が欠如しており、会社の将来の展望に対する構想力と中堅社員をいかに登用していくかという戦略性が欠如している。

大きな障害を除くことができれば、もともと秀才がおおいゆとり世代もより一層輝くだろう