私は誰かの知識によってできている

自分の知識は誰かの知識や情報の集積体に過ぎず、そこに個はあるのだろうか?っという体でダラダラ書く

権力を持った人間が人間性も素晴らしいこととは別義である

#Me Tooで権力者に対するアンチテーゼが出ていた気がした。

売れないアイドルが枕営業している実態が暴露されて業界関係者が吊るされていた気がした。

権力者というのは政治家だけではなく会社の社長やその業界で名が売れている人など本来多岐にわたる。

権力者というのはその組織の中でその組織理論をうまく活用してのし上がった人物である。

その倫理観は上にいけばいくほどその組織倫理を優先する。

組織のために忠義をつくすことが求められるため、むしろ社会道徳や社会倫理と区別し対応することが多く求められる。

そしていつしか社会規範を喪失し組織規範のみを判断基準として行動するようになる。

東アジア全域にて多く思われているが、権力に従う人間は権力者を道徳的にも素晴らしい人物として考えようとする。

それは自己の能力欠如を隠すためでもあるかもしれない。

自分が無能であると思いたくない人ほど権力者は道徳的に素晴らしい人物でなければならない。

また権力者は社会に及ぼす影響が大きいため、道徳的価値観を有している人物が望まれるという背景もある。

しかしのし上がる人物がそんなお行儀が良かったら権力者にはなれないだろう。

権力者に必要なことは社会道徳を遵守することではない。

自身の行動によって社会に対してどの程度不利になるかを想像する力だと思う。

その人は権力者ではあるがあくまでも権力には影響する範囲がある。

範囲を逸脱すればただの人なのだ。

機動力(詭動力)の優位性

メモ書きです。

兵器や部隊、より大きな意味で軍団や軍事戦略、外交等によって求められるものが3つある。

攻撃力、防御力、機動力である。

特に兵器においては3つの要素のバランスが重要となる。

兵器では攻撃力が注目される。

それはわかりやすい数値であり強さの源であるためだ。

しかし本当に重要なのは機動力である。

これは兵器では機動性である。

攻撃力あっても戦場に展開できなければ無意味となる。

また防御力も大いに越したことはないが、的にされるようではどんな防御力も打倒されてしまう。

機動性は素早く有利な地点に展開することで攻撃力を増大させ、素早く交代することで防御力を増大させる。

より大きな部隊や軍団では詭動性が重視される。

これは部隊等を適切な場所へ展開したり、敵を牽制するために展開することを意味している。

すなわち詭動によって敵味方に対して影響を与える動きのことだ。

どんなに強力な攻撃力を備えていても影響を及ぼさない場所にいても意味はない。

これは防御力にもいえることである。

詭動性によって敵のPDCAループやDDOOループ?を混乱に陥れ指揮命令系統の機能不全を起こすことができる。

軍事に関わらず組織は明確な指揮命令系統の上に成り立っている。

詭動性はその脆弱な部分に素早く一撃を与えることで全体を麻痺させる力を持っている。

米軍のエアランドバトル等の概念は敵の指揮命令系統を破壊や麻痺させることを主眼に置かれている。

将来これはサイバー空間に拡張され、電子機器やコンピューターにリンクされた指揮命令系統の破壊や撹乱が想定される。

戦場は撃ち合いの前に決着がついてしまうこともあるかもしれない。

年末なので感想と来年について

横浜にベイシュラトンホテルがある。

横浜駅西口前にある高級ホテルで婚活ではよくそこの喫茶店を使う。

そのホテルには何故か占いコーナがあり、2〜3人占い師がいる。

今年は不幸続きだったので来年について占ってもらおうと思った。

また3年の星占い 牡牛座 2018-2020

3年の星占い 天秤座 2018-2020

の本を買ったのでその精度調査兼ねていた。

結果として去年と特に今年は15年に一度の酷い年であることがわかった。

 

思えば転勤して横浜に来てから労働環境は悪化の一途を辿り、責任は増大し、中間管理職として気を揉むことが多かった。

婚活のためにパートナーエージェントに登録しても成果は上がらなかった。

仕事のために人生があるような生活をしていた。

小売業を相手にしているため夜間工事や休日工事も多くある。

 中間管理職として元請けと下請けの間にきっちり挟まれ社内のいざこざや施主に気を使う。

半年に一度の頻度で48時間以上の連続勤務もあった。

その上仕事のために資格を取ったりと忙しかった。

そのため原因不明の体調不良を抱え込み、時々布団から起き上がれないこともあった。

頭が硬直化して思考ができなくなりつつあった。

ブログに何か書くにしても頭が動かないため思いつくことすらできない状況であった。

FXが流行っており、最初うまくいったことから金額を増額したら100万円近く損害を出すような醜態も晒すことになった。

また横浜に来たことで車を手放すことになった。

レガシイB4の最高級グレードであったが、維持費に加えて月2万の駐車代に自分の給与が追いつかなくなった。

横浜に来たことで電車移動がほとんどなり車を使う機会もなくなったことも原因だった。

そこで自分は静岡にいたことと、今後静岡に転勤しないことを心に決めることとなった。

 

そして今年、病状が悪化した。

原因不明の胸の痛みに襲われ、病院では一度不整脈が出たが異常が見当たらなかった。

精神科に行っても改善しない。

薬漬けにされると思いやめてしまったが当然改善しない。

秋が深まってくると病状がさらに悪化し死ぬと思うようになった。

そのためネットで調べて求心を飲んだらだいぶ改善された。

すごいぞ求心!

とはいえ病状がここまで悪化した原因は当然仕事にあったので転職を真面目に考え始めた。

 

そんな時炎上確実な現場に送り込まれた。

72時間ろくな睡眠を取らず、5日間現場に張り付き状態で、工程が変更の嵐、開店日に商品損害を発生させるなどろくなことがなかった。

そして現場の元請けの営業が過労と精神を追い込まれたことによる病死を遂げるに至った。

自分のやっていることの仕事で他の人がやると死ぬという事実を突きつけられた。

この業界が病的なんだと思った。

大きな会社なので過労死認定できず、病死となったが遺族が裁判所に訴えれば第二の電通騒ぎとなる。

大人の政治事情を聞きつつ何よりびっくりするのはなんで死んだという批判じみた声だった。

ここまで現場に押し付けた結果ということを理解できなかったのか酷いの一点に尽きる。

周りを見渡せば出世を遂げた人が人間性を喪失し、会社のために自分を殺すことに長けた人だということに気づいた。

会社の損になるが道徳的に正しい行動は厳禁である。

そこに非人間性を垣間見た。

中小企業であるが、将来は最低課長が保証されていた。

状況によっては支店長や役員も目指せる優秀さを持っていた。

自分もそう思っていたし、何より周りの評価はすこぶる高かった。

元請けも下請けも評価をしていただいていた。

しかし非人間性を垣間見たことで会社のことや出世のことなぞ頭から吹き飛んだ。

将来の自分をみることで恐怖した。

金と人間性を引き換えにするがごとき行為をしていることに驚愕する。

そして出世をしたからといって会社から何をもたらされる?

会社の社員に対するぐうしかたをみるとメリットを感じられなかった。

平気で人を処罰するが口ではアットホームな会社という歪んだ精神構造に身を置くわけには行かないと思った。

 

転職活動が始まった。

露骨とも思える平日代休を何回も取得して面接に行った。

最初の会社はほんの試し程度で受けた。

転職エージェントであるエン・ジャパンの勧めで受けた。

資格の力は素晴らしいことを実感した。

業種が違っているが、今までの経験と国家資格を取得したことにより面接がトントン拍子に進んだ。

こうなるともはや採用のために書類を揃えるための面接となっていた。

もう一社も受けたが以前の会社と同じような匂いを感じて辞退したが、辞退しなければ入社できた。

他にも数社あったが最初がうまく進んだため見送りした。

そして最初の会社に採用となった。

 

採用となったため退職届を提出した。

面接の途中で退職願いを出しており本年度中をめどにという話をしてあった。

 社内の引き止めはほとんどなかった。

労働環境が劣悪である話をしたため理解を得られた。

また自分が転職先を決めており意思が硬かったこともある。

しかし引き継ぎをするのに課内が忙しく結局書面での実施となった。

そして役員会の決定を待つというが決定が遅いため、決定と同時に有給消化となった。

何勝手に有給消化しているとか言われたが、決定を待つだけのために消化できないのは理不尽だと思う。

結局会社都合で消化しきれなかった。

また課内の調整不備のため、会社に内緒で現場に2回ほど行った。

円満退社をするため静岡にも行っていろんな人にあいさつ回りもして退職となる。

 

延々と書いたがほとんど仕事の内容しかないことにうんざりしている。

世界は広く、興味をそそることがたくさんあるにも関わらず仕事だけしているのは人生の無駄遣いである。

また胸の痛みも後遺症のように精神に負担がかかると再発する。

引っ越しをした関係で、初期費用や家財道具を揃えたりしたため80万円以上を使った。

もう面倒だから100万円使ってやろうと思い、いろんなものを買ったり、キャバクラに行ったりして遊んだりした。

有給消化中に頭が硬直化していたのが少しづつ治った。

そのため視界も広がり、ブログも再開できるようになった。

店員にも冷たく当たっていたのが改善され、いろんなことに感情を持つようになった。

まさしく人間性を取り戻したのだ。

そのため1ヶ月ほどの有給消化のうち後半2週間は充実していた。

できればもう一ヶ月ほしいところだが来年からは新しい仕事が待っている。

 

 さて来年の話をしよう。

占い師の話では来年か再来年にはいい出会いがあり、将来的には結婚できると言う結果だった。

手相からも確実に結婚するタイプであるというありがたい話も聞けた。

自分はとにかく優しいタイプであるという星座と誕生日らしく人間性を喪失していたことは自分の長所を殺したことになっていた。

また次の仕事は人間関係も良好で長く続けられるということで来年からは風向きが良い方向へ変わる。

こういう話を聞くと自分の選択したことではあるが、神の見えざる手を感じる。

転職するときもこれは自分の選択だが、大きな存在によって動かされているのを感じた。

運命というのかわからないけど。

人間は自分で考えたといっても自然の大きな力で動かされているに過ぎないと感じる瞬間であった。

自分は特別宗教を信じているわけではないが、神のような大きな存在を信じている。

日本的なアニミズムの価値観は高度に発達した現代社会でも気づかないだけで多く存在しているのを感じる。

占い師の言うとおりになるかは分からないが、よい方向へ向かうことを期待したい。

婚活女についての愚痴

婚活女に受け身の人が多すぎる。

結婚相談所からの紹介で出会ったとする。

まず出会って容姿を吟味される。

そして男がきちんとリードできるかを見られ、会話でもリードできるかを見られる。

会話を弾ませ相手を楽しませて、コーヒー代を奢る。

そして大体お断りがくる。

何十回と繰り返すと流石に金銭面と時間がきつくなる。

なにより成果がないことと投資した金額が割に合わなすぎて精神的にくるものがある。

自分自身に問題がないとは言えないが、売れ残り同士なのだから問題があるのは当然である。

そもそもこちらに気があるかもわからない状態でこちらの出されたものを吟味してくる。

自分は会話を進める気がないような一言返しをしておいて、相手の会話をチェックしたりしてくるのが意味がわからない。

自分が売れ残りである自覚がないのだ。

出会う時点でのチェック項目が減点方式となっており、会って1時間後には落第する。

男より女のほうが合う回数が多いので当然いろんな人と接しているはずだ。

それでも何年も婚活していることは自分に問題があると考えないのだろうか。

2年ほど婚活したがそもそもやる気がないやつが多い。

いい人がいればいいな位なノリで会う人も多い。

危機感を持ってしている人にほとんど会わない。

女の婚期は32歳までだと思う。

35歳で出産の限界を考えれば当然だと思う。

しかし32歳位でやっと危機感を持ち始める位なので意識のズレがある。

30歳超えてもまだまだ余裕を持っている人が多いが男のほうが焦るレベルだ。

婚活市場にいる男は年収が一般給与の平均程度で容姿も中より下になる。

そして女性との会話や結婚への進め方もおぼつかない連中が多い。

普通の恋愛をしてきた人間にしてみればレベルが低いのは当然なのだ。

しかし当の女性側が恋愛をしてきたためにより高いレベル設定をするため行き遅れとなる。

自分がなぜ金を払ってまで男と会わなくてはならないのかを一度考えてほしいと思う。

ほんとにうんざりする奴ばっかりだ。

 

また出会ってお付き合いの段階になってもどうすればいいのかわからない状態となる。

そもそも気があるのかどうかわからないけど付き合う。

メールをしてもラリーしてもらえない。

ネタがつきてフェードアウトする。

会えば普段メールこないですねと言われる。

お店や集合場所等相手の近くにして手配をする。

会えば会話を弾ませようとする。

会計は男持ちは当然だ。

しかし恋愛もできなかった男のリードだから当然会話はとぎれとぎれになりがちとなる。

店のチョイスは悪くないが少し高い店を選んでいるので財布に跳ね返ってくる。

そこまでしてもどういう気持なのかもわからない。

選定するような眼差しの中ひたすら耐えるしかない。

人としてどうなのと思う。

男がリードするのが当然とか考えているから売れ残るんだと言いたい。

結婚というのは両者が作るものなのだからおんぶにだっこされるのはかなわない。

男のレベルがしれているのだから歩み寄ろうとか姿勢が感じられない。

こんなのを相手に結婚するのかと思うと気が重くなる。

だが結婚はしてみたいという気持ちが強いのでやってはいる。

婚活市場含めて金と時間を投資してうんざりすることを経験している。

もうどうしたらいいのかわからない。

過剰なクレームについて思うこと

一人の批判を重く受け止め他の人の権利やサービスをないがしろにする。

そのことは減点方式にとってプラスではある。

だが顧客満足度ではマイナスとなる。

企業や政府とって必要なのはそのことをすることによってどんなデメリットが多くの人に与えるかということを説明することだ。

そしてそれでもクレームを出す人は排除することも必要となる。

企業のブランドやサービスを高める上で企業が顧客を選んでもいいはずだ。

金を払ったから何をしてもいいはずはなく、顧客を選別することで価値を高めることができ、そのことはレッドオーシャンを逸脱する契機となる。

また顧客にとってもそのような企業の姿勢に対して共感するならば金を払う

努力以前に必要なこと

科学技術が発達した現代でも努力至上主義が横行している。

努力というのは簡単に数値化可能であり、本人の満足感を得るために最も手軽な代物でもある。

これだけ時間をかけたとかこんだけ短時間で多くの会社を訪問したといった具合である。

特に高度経済成長時代を生きた人とその教育を受けた人は現在多くの会社で管理職クラスを占めている。

もし努力が結果に直結するならば多くのスポーツで記録が塗り替えられることはない。

多くの人は当然頭でわかっている。

しかし理解はしていない。

切羽詰まると根性論が横行している。

 

まずは環境を構築することから始まる。

勉強にしても多くの有名大学に進学している名門塾が必ずしもいいわけではない。

本人の勉強法や進学予定の学校によっても変化する。

 

自由と死について思うこと

人間にとって真の自由とは自分の死を自分で選択できることにある。

病気になったとしてベットに張り付けにされたり、痴呆になって意味消失した中で死んでいくことが本人にとって幸せなことなのかと思う。

自分はそこまでして生きたいとは思わない。

病気になったとしてどこまで生きるかということは自分で選択できる。

経済状況とか親類のこととか周辺環境である程度決められてしまうこともある。

だが大事なことはそれを自分自身で導き出す過程にある。

葛藤の末に出した結論だからこそ充実した死を迎えられる。

強制収容所や死刑は死を選択する自由を奪いからこそ意味を持っている。

強制収容所は人を死に追い込む場所であり死を強制される。

死刑制度は社会から自由を剥奪され象徴としして死刑が位置付けされているように思う。

医療が発達した現代社会ではいつまで生きるかという選択肢があったほうがいいと思う。

誰しもが長生きしたいとは思っていないし、それを強制することこそ自由を侵害していると思う。